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共感力

共感力

共感すること

 共感力は、相手の感情を尊重し、その感情をもとに一緒に物事を考え話そうとする力を指します。人間社会において、共感力はとても大切な資質と考えられています。それは、人間が群れをなす社会的な動物として生きていく中で、欠かせない資質であったからではないでしょうか。逆に、感情を重んじないで共感力に乏しく、知性で論理的な思考のみをしようとする人は人間味のない人とされます。
 医療の世界において、感情にどう向き合うか、共感力はとても大切なことなのですが、医療者はどうしても科学をベースとして知識と技術で対処し論理的に物事を進めたい傾向にあります。また、感情労働と呼ばれ、感情を押し殺して働くことが良いとされる面があります。そのことが、患者さんにとって医療に対する大きな不満ともなっています。

優れた聞き手になるためには

経営においても共感力は大切とされており、ハーバード・ビジネス・レビューから昨年「共感力」※と題する本が出版されました。その中で、ジャック・ゼンガー氏らは、人は自分が思うほどには聞き上手でないと述べています。
 ゼンガー氏らは、人材開発プログラムにおける研究より、多くの人が、
Ⓐ相手が話している時に話さない。
Ⓑ表情や相づちを通じて、自分が聞いているということを相手に知らせる。
Ⓒ相手が言ったことをほぼ一言一句繰り返せる。
を満たせば、自分を聞き上手と考えがちであるけれども、こうした振る舞いは優れた傾聴スキルの特徴とはほど遠いことが示されたと述べています。ですから、このような傾聴の仕方を心がけている人は注意が必要です。
 最も有能の聞き手であったと見なされた人(上位5%)を割り出して、残りの聞き手と比較したところ、次の4つの事項が相違として挙がってきたそうです。
①よい傾聴は、相手が話している間に黙っていればよいというものではけっしてない。
②よい傾聴は、相手の自己肯定感を育むようなやり取りを伴う。
③よい傾聴は、協調的な会話のようなものである。
④よい聞き手は、提案を投げかける傾向がある。
 医療に当てはめて考える時、④に関しては、ビジネスにおけるコーチングの研究結果であったからとか、どのような時期に提案をするのかなどについて、いろいろ議論はあるかもしれません。
 しかし、①、②、③は医療においても大切であることに間違いはありません。これは、むしろ傾聴というよりは、対話であるといった方が良いのかもしれません。対話をすることが、共感的な傾聴につながるということになります。Ⓐ、Ⓑ、Ⓒの傾聴のやり方なら、実はロボットでもできます。ジッと黙って聞いて、時折聞いているということを示す返事をし、相手の言ったことを繰り返すというスタイルを貫くロボットにでもできる傾聴は、共感的な傾聴とはいえないのです。

苦悩の経験者は苦悩のさなかにいる他の人に共感しやすいのか?

さて、患者会の活動は同じ病気の患者同士が支援し合うものであり、基本的にピアサ
ポートです。ピアとは仲間のことです。同じ立場にある仲間同士が助け合うので、お互いが理解し合っているためその活動は悪いはずがないと考えがちになります。しかし、どうも、そこには一つの落とし穴がありそうです。
 レイチェル・ルタン氏らは、同じことを経験しているからこそ共感することは難しいと、前述の「共感力」の中で述べています。彼らの研究によると、苦境(離婚、昇進の見送りなど)に陥っている他者に対し、過去に同じ境遇を乗り越えた経験がある人は、その経験がない人よりも共感を示しにくいという実験結果が出たそうです。
 その実験内容とは、まず、冬の凍てつく湖に飛び込もうとして怖じ気づいて失敗するP氏の物語を、実際に飛び込む前に読んでもらった場合と飛び込むことに成功した後に読んでもらった場合の比較です。後者の方が前者に比べて、P氏に対する共感が薄く、軽蔑する気持ちが強いことがわかったといいます。また、失業のために苦しみもがいている間に麻薬売人になってしまった物語、いじめへの対処が上手くできていないティーンエイジャーが暴力を爆発させ、無関係の人を含めて怪我を負わせるという事件を起こしてしまった物語などを読んでもらう実験でも、その状況を切り抜けてきた経験のある人は、似たような状況を経験していない人に比べて、対処が上手くいかない人に対する共感力が弱いというのです。
 つまり、過去にある苦境を乗り越えた経験を持つ人は、似たような苦境に直面し、それを克服できないでいる人に対して、厳しい見方をしてしまうという結果が出たのです。その理由として、一つには、過去の苦境を自分がどの程度苦しんだかについて過小評価してしまうこと、もう一つには、自分はその苦境を克服できたということが自信となって、克服できずにいる人に対しての共感力が薄れてしまうのだと述べられています。

ピアサポートでの共感力とは

このことは、患者会の活動の中で、患者同士がピアサポートするうえでも十分に気をつけておかなければいけないことではないでしょうか。実際に、慶應義塾大学で行っている「慢性病患者ごった煮会」や公開講座「患者学」の場でも、参加者の中には過去に苦しんだけれど、今はその苦境を乗り越えてこんなに幸せなんだと話される方がいます。そんな時、その時点で苦悩の中にいる人にとっては、そんな話はあまり聴きたくないようです。むしろ、自分はそんなにはなれないと、しらけながら聴いている様子がうかがわれます。
 そのような経験もあって、「慢性病患者ごった煮会」ではグループ対話をする前に、苦しみを乗り越えて、それを抜け出すことができた人は、「そんな状況を抜け出せば、こんなになれるわよ」と教えようとするのではなく、自分自身が一番つらかった時の体験を思い出しながら話して欲しいとお願いしてきました。「自分は困難を乗り超えてきたのだから共感しやすいはずだ」と考えるのではなく、「自分はどんなことが困難を乗り越えるきっかけになったか」を体験談として話して欲しいとお伝えしてきました。
 また、ごった煮会では同じ病気ではなく、むしろ別の病気の患者が混じっていることにより、より共感して聴いてもらっている様子が見られることがあります。その人達は、相手の病状の苦しさについてよくわからないけれど、自分も苦しさを持ってきたのだから理解したいという気持ちで聴くことができるためかもしれません。
 ルタン氏の言うように、苦境を乗り越えてきた人は、その苦境にあったことを軽く見がちとなること、自分は乗り越えられたんだと自信過剰になりやすいことをしっかりと認識しておくことが、ピアサポートをしようとする人には大切な心構えではないでしょうか。

加藤 眞三 さん プロフィール
1980年慶應義塾大学医学部卒業。1985 年同大学大学院医学研究科修了、医学博士。1985~1988 年、米国ニューヨーク市立大学マウントサイナイ医学部研究員。その後、都立広尾病院内科医長、慶應義塾大学医学部内科専任講師(消化器内科)を経て、現在、慶應義塾大学看護医療学部教授(慢性期病態学、終末期病態学担当)。

■著 書
『患者の力 患者学で見つけた医療の新しい姿』(春秋社 2014 年)
『患者の生き方 よりよい医療と人生の「患者学」のすすめ』(春秋社 2004年)