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「旅行に行きたい!」患者さんが
諦めていた夢を叶えるトラベルドクター

「旅行に行きたい!」患者さんが諦めていた夢を叶えるトラベルドクター

トラベルドクター株式会社<br>代表取締役CEO、医師<br>伊藤 玲哉 さん トラベルドクター株式会社
代表取締役CEO、医師
伊藤 玲哉 さん
病気を抱えている人が行きたいところに行くのはなかなか困難。そんな患者さんを医療面でサポートし、行きたい場所へ連れて行ってくれる旅行医(トラベルドクター)がいます。医師の伊藤玲哉さんは、患者さんの依頼ごとに医療チームを結成し、旅行の計画、現地調査を行って、患者さんの希望に叶う安心安全な旅を実現させています。今回は伊藤さんに、旅行医の活動について伺いました。

 
 
トラベルドクターになろうと思ったきっかけを教えてください

大学病院に勤務していた時、ある患者さんが「旅行に行きたい」とおっしゃったのです。僕はなんとか願いを叶えてあげたいと思ったのですが、結局許可を出すことができず、そのまま病院で亡くなりました。「また今度にしましょうね」と伝えた時の患者さんの寂しそうな顔が忘れられなくて、医療者としてもっと何かできたのではないかという悔いが残りました。この頃から「病気を治すことだけがゴールでいいのか」という違和感を抱いていました。
そこで患者さんたちに「今、何がしたいですか?」と聞いて回ったところ、大きく分けて3つの答えが返ってきました。1つ目は病気と闘う、治療を頑張るなど「病院」でできることがしたいという方。2つ目は家で過ごしたい、自分のベッドで寝たいなど「家」でできることがしたい。そして3つ目は、温泉に入りたい、故郷に帰りたいなど「病院や家以外の場所」へ行きたいという方です。旅行はここに当てはまります。
しかし、病気の方が旅行に行くのはなかなか難しいことです。結果的には冒頭の患者さんのように、「何かあったら危ないのでやめておきましょう」となることが多いと思います。でも、病院でも家でもない場所の方が世界中には圧倒的に多いのに、そこに行くための選択肢がまったくないというのはすごくもったいないと思ったのです。
僕は「旅行に行きたい」という患者さんの願いを叶えられる医師になりたい。そう思い、トラベルドクターとして活動を始めました。

患者さんを旅行へ連れて行くために、必要なことは何ですか

トラベルドクターのウェブサイト『たびかな』 トラベルドクターのウェブサイト『たびかな』 患者さんの旅行が成立するためには、①旅行に行きたい患者さん、②医療者によるサポート、③旅行費用、の3つが必要です。
患者さんの募集は、最初は口コミが主でしたが、最近はトラベルドクターのウェブサイト『たびかな ※』というプロジェクトで募集しています。第1回目のプロジェクトでは、15組の旅行が実現しました。
医療者によるサポートは、僕のやりたいことに賛同してくれる看護師・介護士・作業療法士などの医療者や、介護タクシーの方などがボランティアで協力してくれています。患者さんの主治医も多くが協力してくれます。普通なら絶対に外出許可が出せないような場合でも、きちんと思いを伝えて説明すれば動かせない山も動かせます。「患者さんの願いを一緒に叶えましょう」という気持ちを共有することが大事だと思っています。
旅行費用は、第1回のプロジェクトについてはクラウドファンディングの支援金を基に行いましたので、患者さんから料金はいただいておりません。
それともう一つ、旅行を叶えるために必要なものがあります。それは「旅行に行きたい」という患者さんの強い気持ちです。多くの患者さんは、旅行に行きたいと思う一方で「もし途中で具合が悪くなったら…」とか「誰かに迷惑をかけたらどうしよう」という不安をもっています。それを一つずつ解消していくのです。不安がすべてなくなれば「これなら行く、行きたい」と言っていただけます。その時は認めてもらえたというか、信頼していただけたようで、とてもうれしいです。

旅行にはどんな効果がありますか

僕が「旅行ってすごくいいな」と思うところは、非日常なので、家や病院では言えない言葉を伝えやすいところです。たとえば普段は照れくさくて言えない「いつもありがとう」や「あの時はごめんね」という心の内を言える機会になります。
実は患者さんもご家族も、普段の療養生活の中で言えていない言葉がたくさんあるのです。でも、旅行中だとなぜか、さらっと言えたりする。時にはご家族がご本人様にお手紙を書かれていて、それを読むことで「あの時はごめんね」「本当にありがとう」と伝えられることもあります。旅行って本当にすばらしい体験だなと思う瞬間ですね。
医療現場では、家族の方から「あの時こうすればよかった」という後悔の言葉をよく聞くのですが、旅行を終えたご家族は、亡くなった後はやはり寂しいけれど「でもこんなこともできたよね」という達成感があり、前を向いていける感じがします。旅行中の写真もたくさん撮ってありますし、いつでも振り返ることができます。
そして何より、患者さんの旅行前と旅行中の写真を見比べると、病状は後の方が悪くなっているはずなのに、旅行中の方が生き生きとされています。これが旅行のもつパワーなのだと思います。

10年後に描いているビジョンを教えてください

どんな病気の方でも普通に旅行している、そんな世の中にしたいです。日本全国にトラベルドクターが当たり前に存在している世の中です。
今は「病気だから旅行に行けない」というのが当たり前ですが、たとえ余命宣告を受けたとしても、目の前が真っ暗になるのではなくて「じゃあ最期に旅行に行こうか」と普通に言える、そしてそれを実現できる社会にしたいですね。

実際の旅行の様子
生まれ故郷の海が見たい

Aさん 70代
末期がんで余命2週間のAさんは、静岡県熱海市へ。念願だった故郷の海を眼をキラキラさせて眺めていました。
旅館では楽しみにしていた温泉へ。気持ちよくて、病気を忘れて酸素の管を外そうとされていました。同行した娘さんやお孫さんとの絆もギュッと縮まり、家族のよい思い出になったと思います。

妻にもう一度会いたい

Bさん 80代
余命2日、在宅診療を受けているBさん。足を骨折して入院中の妻に最期に会いたいと希望するも、奥さんの病院まで行く体力はもうありませんでした。そこで奥さんの一時帰宅許可をとり、ストレッチャーで自宅へ。介護ベッドとストレッチャーが交差する中、Bさんが奥さんの手を握り「おかえり」。Bさんから手を握ったのは、なんと60年ぶりだったそうです。

娘とバージンロードを歩きたい

Cさん 60代
末期がんで脳にもがんが転移し、意識朦朧としていたCさん。急ぎ娘さんの結婚式を企画したところ、日程が決まった翌日から意識が戻り、水も飲めなかったのにコーラを飲み、ご飯も食べて体力が回復。当日はしっかりバージンロードを進むことができました。目標ができると人はこんなにも変わるのだという、とても不思議な出来事でした。

伊藤 玲哉 さん プロフィール
1989年、東京都出身。父は医師。5歳で母を亡くす。幼少期は小児喘息で、毎晩のように発作を起こしては救急搬送される体の弱い子どもだった。昭和大学医学部を卒業後、大学病院等で勤務の傍ら、東京都の起業家輩出コンテスト「TOKYO STARTUP GATEWAY 2019」で最優秀賞を受賞。2020年トラベルドクター株式会社を設立。現在、患者さんの旅行を叶える「第2回たびかなプロジェクト」が4月から募集を始めている。