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余命の告知は何のために?

余命の告知は何のために?

がんや難病の「余命の告知」

進行したがんや難病など重い病気、進行性の病気をもった患者の医療では、しばしば余命告知をした方が良いのか否かが大きな問題としてとりあげられます。

「先生、わたしの命は後どれくらい残されているのでしょうか」「放置していれば、あと3ヶ月かな」

担当医にこのように返答されてしまうと、ごく一部の人を除いて患者やその家族は戸惑ってしまうはずです。今までの平穏な生活から、いきなり、断崖絶壁に立たされているということを宣告されてしまうのですから。

その一方で、2017年8月5日の読売新聞には「進行がん患者、聞きたいと思ってるのに…余命〝告知なし〞4割」と国立がん研究センター中央病院と東病院で行われた研究結果が紹介されています。この記事だけを読むと、主治医は余命を知っているのにもかかわらず、患者にその事実を伝えようとしていないかのような印象をもってしまうでしょう。

ですが、実際には、余命が何ヶ月など断定的に言えるほど、医師は患者の余命を知っているわけではありません。そのことを、研究を行った研究者も、この記事を書いた記者も、気付いてはいないように思われます。

具体的な余命告知には2種類ある
①防御的な医師による余命告知

多くの場合、医師は余命を問われてしまうために、無理に返答をしています。そもそも、医師は占い師や預言者ではありません。未来のことなどわからないのです。けれども、小説やテレビ番組などで余命を断定的に告げる場面が何度も登場してくるために、多くの患者や家族は余命がわかるものと思い込んでいます。だから、答えようとしてしまうのです。

医師が患者の余命をわからないのは、知識不足によるものではありません。知りようがないといった方が正確です。したがって、科学的な思考法を身につけた医師は、余命何ヶ月という断定はできないし、本当は告げたくないのです。

2008年に報告された米国の調査では、患者に具体的な余命について話す頻度は、「常に」あるいは「通常は」と答えた医師は43%であり、「ときどき」、「稀に」あるいは「全くない」の回答が57%であったと報告されています※1。患者への情報提供が進んだ米国においても半々です。

日本で患者や家族に余命をたずねられた時、医師が正直に「わかりません」と答えることは、ある種の勇気が必要とされます。「この医者は余命もわからないのか」と医師としての技量が疑われてしまうからです。それを避けたい心理が医師の側に働くと、勘を働かせて「あと何ヶ月」などと答えてしまうことになります。どちらかと言えば、自己防御的に余命を伝えているわけです。

実は、緩和ケアを専門とする医師であっても、医師の予測と実際の生存期間は一致しないことが調査で報告されています。医師の予測日数のプラス・マイナス33%の範囲内で亡くなった人は、35%に過ぎず、予測期間マイナス33%より生存期間が短め(予測が楽観的)だったのが45%、予測期間プラス33 %より生存期間が長かった(予測が悲観的)のが20 %と報告されています※2。

ただし、医師が患者に余命を伝える際には、医師が考えたより短めに伝えることが多いはずです。なぜなら、その方が、後で文句を言われることが少なく、医師にとっては安全だからです。素直な患者は、その医師の言葉を信じてしまい、宣告された期日に合わせて死の準備をすることになりかねません。

②攻撃的な医師による余命告知

一方で、患者が聞いてもいないのに、余命を伝えようとする乱暴な医師もいます。「このままで放っておけば、あと3ヶ月です。手術をすれば、・・・・・」

医師が想定している治療に少しでも早く持ち込みたいという下心がある場合には、いわゆる「おどしの医療」で医師の言うとおりに治療を受けてもらおうとするのです。この時も、医師は余命を予想より短めに言ってしまいます。治療前に無駄な時間をとりたくないので、患者をせかせて早く決断させるためです。「あと3ヶ月」と言われてしまうと、患者はあわてふためいて、通常行うべき判断、平常心での決断ができなくなってしまいます。医療の専門家と素人という、専門的な知識量の圧倒的な格差のある非対称的な関係性の中で、患者はまな板の上の鯉になった気分となり、専門家にお任せしてしまうということになってしまいます。

ですが、もし、本当にあと3ヶ月の余命であるならば、もはや、手術をしても無駄な状態になっています。手術を勧められるのであれば、普通、余命はもっと長いはずです。手術や化学療法などの重要な判断が2週間や1ヶ月延びたからといって大きな影響を及ぼす可能性は少ないと考えられます。そんな時には、患者は即断をせず、冷静になる時間をとり、信頼できる他の人とも相談した方が良いでしょう。

科学的な予後の情報提供とは

断定的に期限を伝える余命は当たらないし、むしろ聞かないようにした方が良いと、わたしはアドバイスしています。また、もし、乱暴な医師に余命を告げられたとしても、信じ込まない方が良いでしょう。それは誰にもわからないことなのだから。

さて、ここで一度視点を変えて、患者やその家族にとって、余命の告知がなぜ必要とされるのかを考えてみましょう。その必要とされる理由は、これからどのように治療を受けるか、どのように生きるのかを判断する材料に使いたいからではないでしょうか。

もし、そうであるのなら、医師の側にやってもらうことは余命告知とは別にあるはずです。まず、現在の正確な病状、現在の状態からの病気の予後、そして、今何ができるのか、(命に悪い影響をあたえない範囲で)何をしても良いのかなどを伝えてもらうことです。ここで使った「予後」という言葉は、統計に基づく、その状態からの生存率、生存状況などをさしています。

前述したように、医師は余命何ヶ月という判断はできませんが、例えば、○○がんのステージ2の患者では、1年後の生存率が何%であるとか、50%の患者が亡くなるのは何年後かなどの統計的なデータはもっています。希少疾患では統計される数字が少なく、やや不正確な数字となりますが、患者数の多い病気ではそれらのデータを患者により正確に伝えることができます。

ただし、これら予後は従来の治療ならという数字です。がんでステージ4と言われても失望しなくても良い時代が訪れようとしています。ステージ4は、手術や放射線療法など局所の治療が有効なときの分類です。新しく開発されている分子標的薬による免疫療法では、特定の遺伝子に変異があったり、特定の免疫制御たんぱく質が認められれば、ステージに関係なく効いてしまうのです。そんな時代がもうそこまで来ています。

一定の検査項目や症状の出現で残された余命を予測しようという予後予測ツールの試みもなされていますが、その精度はまだまだ十分信頼のできるものではありません※3。

予後の告知の方が、より科学的な伝え方であるといえます。しかし、このような確率的な伝え方では実感がわかないため、患者には受けがよくありません。そのため、「結局わたしの命は後どれ位なのですか」になってしまうのです。だからこそ、医師も断定的に伝えてしまうという面があるのです。

患者にも、そして一般市民にも、確率的な考え方を身につけてもらうべき時代が訪れているのだと思われます。それは、地震の予知でも同じことです。科学ではいつおきるかは予知はできないし、確率論的にしかわからないのです。

医療者との協働作業へ

残念ながら、医師は、神でも予言者でもありません。余命が何ヶ月かはわからないし、病気を100%の確率で治すこともできません。そのことを前提に、医学という病気に対する知識と技術を身につけたひとりの人間として、医療者と関わることが、患者と医療者の協働作業への出発点となります。

今、何ができるのか、これから何をすると良いのか、何をしても良いのかなどは、医師の側にも十分な知識がないことが多いのです。むしろ、同病を抱える患者や看護師などの他の医療者の方がよく知っていることがらもあるのです。そんな周りの智恵を総動員することも、より良く生きるためには必要です。

また、こんなことをしたら、こうなったなどということを患者が医師に伝えることで医師も智恵を身につけていくことができるのです。そして、それは他の患者さんにとっても参考になるのです。

新しい時代の医療では、患者の力がこのように発揮されていくことが期待されるのです。

加藤 眞三 さん プロフィール

1980年慶應義塾大学医学部卒業。
1985年同大学大学院医学研究科修了、医学博士。1985~1988年、米国ニューヨーク市立大学マウントサイナイ医学部研究員。その後、都立広尾病院内科医長、慶應義塾大学医学部内科専任講師(消化器内科)を経て、現在、慶應義塾大学看護医療学部教授(慢性期病態学、終末期病態学担当)。

■著 書
『患者の力 患者学で見つけた医療の新しい姿』(春秋社 2014年)
『患者の生き方 よりよい医療と人生の「患者学」のすすめ』(春秋社 2004年)

参考図書 西智弘 .「残された時間」を告げるとき .青海社 2017.
※1 : Daugherty CK, et al. J Clin Oncol. 2008; 26(36): 5988-93.
※2 : Amano K, et al. J Pain Symptom Manage. 2015; 50(2): 139-46.e1.
※3 : Simmons CPL, et al. J Pain Symptom Manage. 2017 ; 53(5): 962-970.e10.