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家族や友人によるスピリチュアルケア

家族や友人によるスピリチュアルケア

スピリチュアルケアとは

スピリチュアルケアという言葉を聞いたことがありますでしょうか? 聞いたことがあるという人でも、一体何をやっているのかよくわからないという人も多いのではないかと思います。

わが国では欧米諸国に比べてかなり遅れてスピリチュアルケアが入ってきました。現在でも、ホスピスなどの緩和ケア(終末期の医療)の領域でスピリチュアルケアに対する関心が徐々に高まっていますが、医療全体を見わたせば、スピリチュアルケアに対する理解は進んでいるとはいえない状況です。

1990年のWHO(世界保健機関)からの報告書を翻訳し出版された『がんの痛みからの解放とパリアティブ・ケア』では、スピリチュアルとスピリチュアルケアについて以下のように説明されています1)。 (この翻訳版では、spiritual が霊的と訳されていますが、現在ではスピリチュアルとカタカナ表記されることが多くなっています。)

スピリチュアルとは、〝人間として生きることに関連した経験的一側面であり、身体感覚的な現象を超越して得た体験を表す言葉である。多くの人々にとって「生きていること」がもつ霊的な側面には宗教的な因子が含まれているが、「霊的」は「宗教的」と同じ意味ではない。霊的な因子は、身体的、心理的、社会的因子を包含した人間の「生」の全体像を構成する一因子とみることができ、生きている意味や目的についての関心や懸念とかかわっていることが多い。とくに人生の終末に近づいた人にとっては、自らを許すこと、他の人々との和解、価値の確認などと関連していることが多い。〞

スピリチュアルケア(翻訳版では「霊的な面への援助と支援」)では、〝患者は、霊的な面での体験を尊重され、これについての話に耳を傾けて聞いてもらえると期待する権利を持っている。このような体験について話したり、話の意味が理解され、その感想を聞けたりすることが多くの場合、心の癒しにつながる。患者とケア担当者が尊敬し信頼し合う関係にあれば、話を分かち合え、生きていることの意味や苦悩の目的、さらには宗教儀式への参加についてさえ話を交わせる場が生まれる。霊的な面まで包含したケアにおける人間関係は、心の癒しを促す力がある。〞

スピリチュアルケアは、がん末期などにみられる「生きている意味や目的についての関心や懸念にかかわる問題」に対するケアと書かれていますが、このような問題は必ずしもがん末期の患者さんだけにみられるわけではありません。救急車で運ばれた重篤な患者やその家族、あるいは難病や進行性の慢性病患者においても、同様な問題を抱えます。すなわち、生死にかかわる大きな危機、人生の危機と捉えられるような事件に遭遇したときに必要となるのがスピリチュアルケアなのです。

誰がスピリチュアルケア(SC)を担うのか

それでは、医療においてスピリチュアルケア(以下SCと略す)は誰が担っているのでしょうか。欧米の病院では、チャプレンと呼ばれる聖職者がそのケアを担ってきました。しかし、近年米国ノースカロライナ大学のハンソンらが、患者や介護する家族を対象にSCの提供者について調査したところ、予想外の結果が明らかにされました。SCを受けた103人へのケア提供者は237人だったのですが、家族や友人が95名(41%)であり、医療者が66名(28%)、聖職者が38名(17%)、神やハイヤーパワーは15名(6.6%)、その他が15名(6.6%)だったのです(図1)2)。

すなわち、専門職である聖職者に比べて、家族や友人、医療者がSCの提供者として大きな位置を占めていたのです。米国はSCの制度や教育が進んだ国です。その米国でこのような結果ですから、SCがこれから導入されようとするわが国では、家族や友人、医療者の役割がより大きくなるだろうと考えられます。

この報告で、SCの提供者237名のうち、1日に1回以上訪問する人が105名(49.5%)であり、少なくとも1週間に1回以上訪問する73名(34.4%)と合わせると85%ほどを占めていました2)。つまり、患者にとって身近な存在、関係性のある人がケア提供者になりやすいのです。わが国でも、ケア提供者として、家族や友人などの関係性をもつ人や、医療機関で患者に身近な存在である看護師などがケア提供者になりやすいだろうと考えられます。外来に通院する難病や慢性病の患者さんでは、家族や友人、患者会での仲間などがより大きな役割をもつことになるのではないでしょうか。

スピリチュアルケア(SC)の教育はどのように行われるのか

SCといっても、そんなもの習ったこともないし、わたしはできないと考える人も多いことと思います。欧米のチャプレンは、単に聖職者の資格だけでなくて、臨床パストラル教育というコースを修了、認定を受けた人がその任務にあたっています。わが国でも、臨床宗教師や臨床スピリチュアルケア師などの認定制度がつくられ、そのためのプログラムが準備されてきました。

上智大学グリーフケア研究所には、傾聴のためのグリーフケア人材養成講座があり、2011年より大阪で、2014年からは東京で開設されています。この講座には、聖職者や医療職もいますが、学校の教師、会社でのカウンセラー、一般企業の会社員、主婦なども受講し、その構成は多様です。年齢も30〜70歳代までいます。どんな人にも開かれたSCのコースということができます。

友人や家族によるスピリチュアルケア(SC)

ただし、ハンソンらの調査における家族や友人は、SCのための教育プログラムを受講した人ばかりではありません。家族や友人という関係性の中で傾聴が行われ、それがケアを受けた側にとってSCと受けとめられたのです。

プロフェッショナルとしてSCを提供するのであれば一定の資格が必要ですが、いのちの根源的な苦悩に対するケアは、家族や友人であれば特別な資格を必要とするわけではありません。特定の関係性をもった人が苦悩する人に寄り添いたいと思い、思われる関係性の中でケアが行われるからです。そして、苦悩を抱える人にとって、この人になら話をしたいと選んだ人が、ケア提供者になるのです。

ケア提供者は苦悩する人の傍らで、ともに時間をもつ存在となることが大切です。家族や友人の立場から考えた場合に、この人に対して何を話してあげれば良いのかわからないからと遠ざかりがちになることがあります。しかし、このことが患者を孤独にしてしまうことになります。ケアする側が積極的に何かを教えるのではなく、その人の人生の振り返りや希望を聴いていることが、癒やしにつながるのです。

共感という言葉がよく使われますが、話し手に聴き手が必ずしも同調する必要はありません。たとえば共通の思い出について話しているときに、自分はどのように感じていたかを話すこともできます。そのことが話している人の物語を豊かなものにすることもあるのです。

話し手の話題や気持ちを否定することはできるだけ避けます。たとえば「わたしが死んだ後には・・・・・」などと言われても、「そんな縁起でもないことを言わないで、元気を出すのよ」などと遮ってしまうのではなく、話し手の気持ちに寄り添うことが大切なのです。そして、話し手の人生を常に肯定的に捉えて聴くことが大切です。

このような傾聴で次のようなことが期待できます。
①聴き手がいることで、その人は過去の思い出を書き換えることも可能になります。過去に不仲となった人との和解もこんな機会にこそできるのかもしれません。
②本当にやりたいこと(魂願・本心、人生をかけての願い)を見出すことができるかもしれません。
③慢性病など、死期に迫られる危機でなければ、その危機をきっかけに自分が本当にやりたかったことを見つけられるかもしれません。

相手の話を聴いている間に、その人自身も気がついていない本当の願いを見つけられるように伴走することが、SCで本質的に大切なことだとわたしは考えています。同病の患者によるピアサポートでも、このようなSC的な部分が含まれてくるのではないでしょうか。

参考文献
1)世界保健機関(WHO)編 武田文和訳『がんの痛みからの解放とパリアティブ・ケア』 金原出版1993年
2)Hanson LC, et al. Providers and types of spiritual care during serious illness. J Palliat Med. 2008 11(6):907-14
3)高橋佳子『 2つの扉「 まさかの時代」を生きる究極の選択』 三宝出版 2022年

加藤 眞三さん プロフィール

加藤 眞三さん プロフィール 加藤 眞三さん プロフィール 1980年慶應義塾大学医学部卒業。
1985年同大学大学院医学研究科修了、医学博士。1985〜1988年、米国ニューヨーク市立大学マウントサイナイ医学部研究員。その後、都立広尾病院内科医長、慶應義塾大学医学部内科専任講師(消化器内科)を経て、慶應義塾大学看護医療学部教授(慢性期病態学、終末期病態学担当)。現在、慶應義塾大学名誉教授。

■著書
『患者の力 患者学で見つけた医療の新しい姿』(春秋社 2014年)
『患者の生き方 よりよい医療と人生の 「患者学」のすすめ』(春秋社 2004年)