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日本の医療福祉をよりよく変えるために、当事者発信の情報を届け各分野の縁(えにし)結びを

日本の医療福祉をよりよく変えるために、当事者発信の情報を届け各分野の縁(えにし)結びを

国際医療福祉大学大学院教授 医療福祉ジャーナリズム分野
大熊 由紀子 さん

大熊由紀子さんは医学教育に携わる一方、「福祉と医療・現場と政策をつなぐ志の縁結び係&小間使い」と名乗り、異なる幅広い分野の人を結ぶ「えにしネット」を主催されています。早くから当事者団体の活動に注目し、VHO-netワークショップにも参加されている大熊さんに、“当事者の声を活かしてよりよい医療福祉を実現したい”という熱い思いをお聞きしました。

大熊さんは朝日新聞社時代から、当事者団体の活動を積極的に紹介されてきました

私は1963年に朝日新聞社に入社し、科学部で医療・健康面を担当していました。リウマチについて調べていた時に「リウマチ友の会(現在は社団法人)」を知り、初めて患者さんの視点と出会いました。それがご縁で、1965年の「リウマチ友の会」の創立5周年記念式典で講演をしました。 次に、神経症に悩む人たちの自助グループ「生活の発見会(現在はNPO法人)」を知って、当事者団体の活動に関心をもつようになったのです。1973年に朝日新聞から出版された医療シリーズでは『日本の医療・立ち上がった群像』として、当事者団体の活動を紹介しました。

その後、デンマークの『でんぐり返しプロジェクト』に出会い、患者さんたちが「教える」という立場になることを知りました。『でんぐり返しプロジェクト』は、プロの物の見方を広げ、意識を変えるために考えられた医療・福祉研修システムです。本物の声を聞くことには、本を読むことでは決して得られないものがあります。病気を体験した人々を教師に、医療や福祉の専門家を生徒にする――つまり、「教育とは専門家が施すもの」という常識を真っ逆さまにひっくり返すという意味で、この名が付きました。病気の経験があれば誰でも教師を務められるわけではなく、プロを触発する素質や体験をもつ人を選び、知識と表現力に磨きをかけ、教師としての報酬をきちんと支払うという仕組みにも感動しました。

そのような経験が、「患者の声を医療に生かす」授業につながっていくわけですねわけですね

2001年からは大阪大学大学院でソーシャルサービス論(ボランティア人間科学論)という講義を受けもち、当事者に発信していただく試みをその後も続けていましたが、当事者の声が、現場で働く医師や看護師などの医療スタッフに、なかなか届かないことが気になっていました。

そこへ、国際医療福祉大学大学院長であった故・開原成允先生から、患者団体の方を講師に、医療スタッフやその卵たちを聴講生にする公開講義のコーディネートという、願ってもない話が持ち込まれました。それが同大学院の乃木坂スクールで2005年4月から行われた講義、「患者の声を医療に生かす」です。毎回、医師や看護師、ソーシャルワーカー、医療や福祉を志す学生、医療分野に関心のあるジャーナリストなどが熱心に授業に参加し、実に真剣に受け止めてくれました。患者講師の方から、プロの人たちが知らない・教科書にも載っていない知識が壇上で語られることに、現役の医師や看護師も“目からウロコ”のような思いだったようです。
医療分野に造詣の深い文化人類学者の故・服部洋一さんが、授業のエッセンスを見事に凝縮・再現してくださった書籍『患者の声を医療に生かす』(医学書院)はすでに発行部数5000を超え、看護や福祉の教育現場でも活用されています。

福祉と医療・現場と政策をつなぐ「えにしネット」も主催されていますねわけですね

2001年、朝日新聞社を「卒業」することになったとき、取材を通じて縁のあった60人が発起人となり、励ます会を企画してくださいました。その準備のための集まりで、医療と福祉の連携が必要と言われながらも、分野が少し違うと言葉が通じないことに気がつきました。たとえば、医療分野の人は「支援費」を知らず、福祉分野の人は「EBM」がわからないのです。医療と福祉の分野で言葉が通じないのは一大事と考え、励ます会を「新たなえにしを結ぶ会」として、私との縁で集まってくださった当事者、医療関係者、支援者、政治家、メディアなど分野の違う方々の間に、新たな縁を結ぶ機会にしていただきました。その後も毎年「えにしの会」を開催し、さまざまな縁が生まれています。

そして、さらに縁を結んでいこうと、医療と福祉、政策と現場をつなぐサイト「えにしネット」を開設。医療や福祉に志があると私が感じた人に、「えにしメール」を送るようになりました。現在は海外も含めて毎週4000人に送信しています。転送もされているようで、知らない人からも反響が届きます。

えにしメールは、心が通じると感じた人たちを結びつけることが目的なので、あえて医療と福祉と行政などの情報を分けずに、そして、当事者発信の情報を中心に送っています。当事者団体が投げかけたメッセージに賛同した医療者がすぐに行動を起こすなど、縁を結ぶことのさまざまな波及効果が生まれています。

VHO-netのワークショップにも参加されていますね。
よりよい医療と福祉のために、当事者団体にどのような期待をされていますか

VHO-netに参加されている方々が公開講義「患者の声を医療に生かす」の患者講師を務めてくださったことから、かかわりが生まれ、ワークショップに参加しました。

ワークショップでは、話し合いの進め方に感心し、あのスキルをリーダーの方々が身につけて所属する団体の会議で活用できれば、それぞれの団体が成長するのではないかと期待しています。また、みなで食事をしたり泊まったり、楽しい時間を共有できることも素晴らしいですね。当事者団体のリーダーは孤独で疲れているので、「ピアサポートを行っている団体のリーダー自身のピアサポート」という仕掛けになっていると感じました。私自身もボランティア団体のリーダーをした経験から、どちらも修羅場になりえるという点で、ボランティアは恋に似ていると思い、『恋するようにボランティアを』という本を書きました。次に書く本は、その本の続きとして、医療福祉倫理の書籍を手がけたい、医療や福祉にかかわる人々に、目からウロコが落ちるような話を伝えていきたい、と考えています。

乃木坂スクールでも、癌や認知症、小児医療、精神医療、医療費、インフォームド・コンセントなど身近な倫理を取り上げた授業を行っています。障壁を乗り越えて現実を変革しつつある当事者の方々を招いて、現場の視点、専門職の視点、障がいや病気を経験した当事者の視点、国際的視野で考えることを目指しています。 当事者の方々がきちんと発言でき、そのことが政治や医療・福祉に活かされるようにしていく。その実現が、私のいちばんのライフワークかもしれないと考えています。そして、医療・福祉を変えるためには、当事者の方々にも成長してほしいと願っています。

大熊 由紀子さん プロフィール
朝日新聞社では社会部、科学部を経て、1984年同社で女性初の論説委員になり、医療、福祉、科学分野の社説を17年間担当。2001年から3年間大阪大学大学院人間科学研究科教授(ソーシャルサービス論)、2004年より国際医療福祉大学教授(医療福祉ジャーナリズム分野)。

■著書
『「寝たきり老人」のいる国いない国』ぶどう社(1990年)、『福祉が変わる医療が変わる―日本を変えようとした70の社説+α』ぶどう社(1996年)、『恋するようにボランティアを:優しき挑戦者たち』ぶどう社(2008年)、『物語 介護保険:いのちの尊厳のための70のドラマ』岩波書店(2010年)など多数。