CLOSE

このサイトは、ファイザー株式会社が社会貢献活動として発行しております『まねきねこ』の情報誌のウェブ版であり、個別の疾患の相談は受け付けておりません。
該当する患者団体などをご紹介することは可能です。

お問い合わせはこちら

※メーラーが起動します。

難病患者を対象により自分らしく生きる「自己超越性」の研究に取り組む

難病患者を対象により自分らしく生きる「自己超越性」の研究に取り組む

国際福祉大学 福岡看護学部 助教
岩本 利恵 さん

「難病患者は健康な人より生きる力が強く、幸福感も高い」。
岩本利恵さんの研究テーマである自己超越性の調査分析から、そのような結果が出ました。自己超越性とは? その意義とは?
ワークショップへの参加、九州学習会の運営委員など、VHO-netの活動にも深くかかわって活動されている岩本さんにお話を伺いました。

自己超越性についての説明と、研究テーマにされたきっかけを教えてください

自己超越性とは、「人が危機に直面した状況でも、生きる意味や目的を見つけ、問題に対処して自分らしく生きる機能」のことです。最近日本でも普及し始めたスピリチュアルケア(死に対する不安や恐怖、人生の意義や生きがいに関する悩みに対するケア)の重要な概念でもあります。
私は看護師時代、終末期のがん患者さんのケアに当たり、なかでも自宅転帰させる、というテーマに取り組んでいました。そこで一人ひとりの思いを聞いていると、「病院で最後まで闘いたい」と望む人もいて、一概に自宅転帰が良いとはいえないことがわかりました。また、人生の最後を自分らしく迎えられるのは、「自分の病気と向き合い、残された人生をこう生きようと決め、それを遂げられる人。そして、家族もその思いを理解している」との気づきがありました。では、どうすれば本人も家族も、その人らしく生きる方法があるのだろう――つまり、自分を見つめ直すという概念を研究したいと考えました。看護師を辞め、佐賀大学大学院に入り、そこで“自己超越性”のテーマと出会いました。

具体的にはどのような方法で自己超越性を知ることができるのですか

日本では研究者も論文も少ないのですが、元愛媛大学の中村雅彦先生の自己超越性尺度があり、それとWHOが開発した主観的健康感尺度(心の健康度・心の疲労度)の計3種類の尺度を使い、アンケート調査と面接を実施しました。いきなり難病患者を対象にすると比較ができないため、まずコントロール群として、さまざまな職業、あるいは無職の方など約1800人にアンケートを実施しました。その後、難病患者に絞り込んだ調査のため、佐賀県難病相談・支援センターを訪ねました。当初は研究テーマの説明と調査・依頼が目的でしたが、センター長の三原睦子さんたちの活動にふれ、まず人とのつながりをつくってから研究をスタートしようと方向を変えました。
難病患者は身体的・精神的苦痛を伴う、人生を変えてしまうような状況に直面します。同じ疾患でも個人差があり、進行性の症状や寛解を繰り返すなど、長期慢性疾患として、病気と付き合っていかなければなりません。私は患者さんの気持ちを聞きたいと思い、1年間かけて、センターを利用するすべての患者団体の相談会や交流会などに参加させてもらいました。患者団体のない難病の方の集まりにも出向きました。その活動の中で信頼関係を育み、タイミングを考慮しながら、アンケートと面接を実施。福岡県と佐賀県の男性22名・女性22名の難病患者を対象に、2年間かけて調査を行いました。

アンケート調査の分析から、どのようなことが見えてきたのでしょう

難病患者の方が、そうでない人よりも自己超越性が高いという結果です。発病後の衝撃から、それを乗り越えて病気を受容していく。考え方が前向きになり、患者団体などに参加して、自分らしく活動する。そういったプロセスが自己超越性を高め、心の安寧を取り戻し、幸福感を高くすることが示唆されました。また、患者団体など患者同士が支え合う場への参加も、自己超越性を高める影響を与えると判明しました。ピアサポートの効果ですね。この結果は、難病患者にとってはひとつの希望となり、また医療者やケアに携わる人たちの難病のとらえ方、患者への接し方の変化にもかかわってきます。よく言われることですが、病気は回復の過程であり、病気になったからと悲観しなくてもよい、ということの裏付けともいえるでしょう。
今後の課題も少なくありません。病気のステージや苦痛のレベル、性格(外向性/内向性)などの異なるサンプルを増やしていく必要があります。また、同じ人に継続して調査を行い、時間の経過による変化も見ていきたいと思っています。

研究をきっかけに、VHO-netの活動にも積極的に参加されていますね

佐賀県難病相談・支援センターとの出会いから、九州学習会(現・運営委員)や東京でのワークショップにも参加するようになりました。VHO-netのように疾患や障がいの違いを越えて、さまざまな立場の人が自由に話し合える場は、それまでの私の経験では、ありませんでした。年々、みなさんとのつながりは強く広くなり、全国の患者団体から資料もいただけます。『患者と作る医学の教科書』は大学の講義でも使わせてもらっています。患者さんの思いが本当によくわかりますね。看護ではメンタルケアがとても重要ですから。
2009年にはVHO-netの難病相談支援員研修プロジェクトが発足しました。九州6県と沖縄県の難病相談・支援センターの相談員が年3回集まり、相談の事例検討や相談員のストレスケアなどに取り組んでいます。以前はどの県も相談員の入れ替わりが頻繁にありましたが、最近は固定されてきました。悩みや不安を打ち明ける場や、情報交換のできるネットワークがつくられたことは、プロジェクトの効果だと思っています。

研究者、そしてVHO-netのメンバーとして、これからの抱負をお聞かせください

もちろん今後も自己超越性の研究を継続していきます。自己超越性は個人を変えることができ、苦痛や疾患を乗り越える力となり、安寧や幸福に大きく関係します。自己超越性を明らかにすることは、とても意義深いと考えています。
VHO-netでは、一般市民を対象に疾患の枠を越えたシンポジウムを開催したいですね。大きな共通のテーマを探り、難病を知らない人も呼べるような仕掛けを考え、多くの人に難病について伝えられるようなイベントができればいいなと思います。また、教育者として、学生たちに患者団体の活動をもっと紹介し、患者さんを教育の場に講師として呼べるように、啓発していきたいと思っています。

岩本 利恵さん プロフィール
国立嬉野病院(佐賀県)で11年間、看護師として勤務。
佐賀大学大学院 医学研究科 博士課程修了。
2012年より、国際福祉大学福岡看護学部 助教 (療養支援看護学領域 成人看護学)。

自己超越傾向尺度(STS)
1. 自分を愛するほどに、他人を愛することができる。
2. 自分と相手の区別がないと感じるような瞬間がある。
3. 自分には、一心同体だと感じられる相手がいる。
4. 自分を犠牲にしてでも、その人のために尽くしたいと思ったことがある。
5. 相手が喜び、幸せそうにしているのを見ると、自分のことのように嬉しくなる。
6. どんな相手でも、わけへだてなく受け入れることができる。
7. 自分の喜びや苦しみを多くの人々と一緒に分かちあいたいと思う。
〜〜〜〜〜〜〜〜
21. 自分には欲やこだわりを捨てて生きることなど、できないと思う。
22. 人は自分がかわいいものだから、他人に献身するなんてきれい事だと思う。
23. 自分は自分、他人は他人とはっきり区別して考える方だ。
24. あまり現実離れしたことは考えない方だ。
開発者:中村雅彦  項目数:24
評定法:5点法(そう思う=5点、そう思わない=1点)
評価方法:合計得点の高い人ほど、自己超越傾向が高い