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患者の視点で医学研究に参画できる人材を育てる「模擬倫理審査委員会」を実施

患者の視点で医学研究に参画できる人材を育てる「模擬倫理審査委員会」を実施

北里大学医学部附属 新世紀医療開発センター
横断的医療領域開発部門 臨床腫瘍学 教授
佐々木 治一郎 さん

大学病院でがん診療や 呼吸器科診療に携る一方、がん細胞の基礎研究から、がん患者の社会支援に至るまで幅広い分野の研究や活動に取り組む佐々木治一郎さん。(一社)全国がん患者団体連合会に協力して“模擬倫理審査委員会”を開催するなど、医学研究や医療計画に患者の視点で参画できる人材を育てる取り組みが注目されています。

まず、(一社)全国がん患者団体連合会主催のがん患者カレッジ(2018年12月17日)において、模擬倫理審査委員会を実施された経緯を教えてください。

一言で申し上げると、学会で行った患者支援活動プログラムを今回のがん患者カレッジでもやってみようということになりました。私の所属する(一社)日本癌治療学会では、患者や支援者の皆さんとともに考え、日本のがん治療をより良いものとすることを目指し、2009年の第47回学術集会からPAL(ペイシェント・アドボケイト・リーダーシップ)プログラムに取り組んできました。
天野慎介さん((一社)グループ・ネクサス・ジャパン、(一社)全国がん患者団体連合会)など、がん患者団体のリーダーも加わるPAL委員会が運営企画を担当し、リーダーシップ養成のためのプログラムを実施してきました。その中でサバイバー(がん経験者)の方が経験する倫理審査委員について教育的なプログラムをやろうということになり、「模擬倫理審査委員会」をプログラムに加えることになったわけです。このプログラムで私は模擬臨床試験プロトコールの作成を担当しています。今回、天野さんから依頼を受け、実施したのががん患者カレッジでの模擬倫理審査委員会で、企画内容は学術集会でのものとほぼ同じです。

患者や市民が医学研究に参画する取り組みが注目されるようになった背景に、臨床研究法(2018年施行)の影響はありますか

その前に施行された「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」とともにターニングポイントになったと思います。倫理審査委員会や認定臨床研究審委員会には必ず一般の立場の委員の参加が必要となりましたので、多くの研究施設などで、患者の視点で意見を述べ、問題点を指摘できる人材が求められ るようになりました。しかし、そうした人材は限られているので、一部の方に集中しているのが現状です。

倫理審査委員会ではどのような人材が求められるのでしょうか

医学研究については、科学性、倫理性、公平性の3つが非常に重要であると言われています。医学研究の審査という観点では、その対象が人である以上、科学性とともに倫理性が特に重要であると思います。 ですので、がん経験者あるいは一般市民の立場で倫理審査委員になる場合には、科学的に医学研究を推進することの意義を理解し研究に協力する患者の視点で、倫理性を主に審査してほしい。研究計画で疑問に思うところはないか、同意書は理解できるかなど患者の視点で率直な意見を述べ、問題点を指摘していただきたいと考えています。しかし、欧米に比べて日本では、一般の方々に対する生物や人体、病気のメカニズムといった科学教育(医学教育)、また、創薬のシステムなどについての知識啓発が不足しているのではないかと感じています。だからと言って、多数の患者さんや市民を網羅的に対象にして医学研究に参画するための学習プログラムをつくっていくのはかなり難しい面があります。ですので、せめてがん患者で意欲のある方々を対象にこのよう な教育プログラムが必要ではないかと考えています。

模擬倫理審査委員会の成果として期待されるのはどのようなことでしょうか

患者の視点から倫理審査委員会に参加できる人材が育ち、高い倫理性を担保することができます。また、患者や市民の参画が機能することにより、医学研究や臨床試験の質が高まり、その成果が社会に還元されます。そして、研究者や医療者側が、患者の視点や、患者や市民の参画の意義を理解することにより、研究だけでなく医療そのものも変わっていくと思います。医学研究はがん領域に限りません。疾病別の基本法としてがん対策基本法(2007年施行)が、アレルギー疾患対策基本法(2015年施行)や脳卒中・循環器病対策基本法(2018年成立)に先んじて制定・ 施行されたように、研究への患者参画においてもまずはがん領域で医学研究に参画できる 患者や市民を育成するプログラムをつくり、学習の場を創出して人材を育て、その成果を他の領域に広げていくことで、医療全体がより良くなっていくのではないかと期待しています。

患者や市民が医療に参画するためにヘルスケア関連団体にはどのような役割が求められますか

患者が医学研究に参画することで未来の医療がより良くなるという認識をもち、個々の団体の活動に取り組んでいただきたいと思います。さらに、患者、研究者そしてヘルスケア関連団体がネットワークをつくり、患者や市民が研究や医療計画に直接かかわるための基礎的な学習の場を創出して、リーダーシップをもって活動できる人材を育てられたらと思います。そのためには、ヘルスケア関連団体に、医療者や行政だけでない一般市民向けのアプローチが必要です。特に市民への情報発信や啓発に期待したいですね。今は、子どもたちに対するがん教育が注目されており、がんの患者団体がかかわりやすい環境にありますが、成人向けのがん教育は不足しています。ヘルスケア関連団体が患者の視点をもち積極的に大人のがん教育にかかわることは、その団体が市民に働きかける大きなチャンスになるのではないかと思います。

今後の展望について聞かせてください

"模擬倫理審査委員会"以外にも、全国がん患者団体連合会の"がん患者学会"の開催、医療研究開発を支援するAMEDによる「患者・市民参画(PPI)ガイドブック」の発行、(公財)日本対がん協会の活動などさまざまな取り組みが始まっていますので、それぞれの今後の発展に期待したいところです。
私としては神奈川から医療を変えていきたいという思いもあり、(一社)神奈川県がん患者団体連合会が主催するピアサポーター養成事業にも講師・ファシリテーターとして積極的に参加しています。まずは基礎的な研修活動ですが、今後は研究や医療計画に参画するがん体験者のリーダーを育成するためにたとえば患者団体を続けていくための経営的な視点に関する教育プログラムや、後継者育成などの課題にも取り組みたいと考えています。また、治療法が進歩し、がんは死に直結する病気ではなくなってきているのに、未だ日本に足りないサバイバーシップケアにも取り組みたい。特に患者団体やがんサロンなどの地域の連携を進めつつその中にがんサバイ バーシップの概念を広めていきたいと思っています。
私たちが取り組んでいることは、一つ一つはとても小さな"ピ ー ス"かもしれませんが、それらが集まって大きく育っていけば、日本の医療がより良く変わっていくのではないかと期待しています。

佐々木 治一郎 さん プロフィール
1991年熊本大学卒業。1998年同大学院医 学博士号取得。2000年から3年間、米国MDアンダーソンがんセンターで肺がん基礎研究に 従事。2007年に熊本大学医学部附属病院(現・熊本大学病院)がん診療センター長に就任し、肺がんの診療に加え、がん診療地域連携やがんサロンの普及活動に取り組む。2011年4月に北里大学医学部に准教授として着任。2014年2月に北里大学医学部附属新世紀医療開発センター教授に就任。北里大学病院集学的がん診療センター長を兼任し、呼吸器内科、緩和ケア、がんゲノム相談外来などを担当。がん診療連携の普及・啓発活動にも注力する。