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遺伝カウンセリングと遺伝看護を通して
−神経難病患者のより良い治療と生活環境の向上を目指す

遺伝カウンセリングと遺伝看護を通して
−神経難病患者のより良い治療と生活環境の向上を目指す

認定遺伝カウンセラー®日本難病看護学会認定難病看護師<br>熊本大学大学院 生命科学研究部 准教授<br>柊中 智恵子 さん 認定遺伝カウンセラー®日本難病看護学会認定難病看護師
熊本大学大学院 生命科学研究部 准教授
柊中 智恵子 さん
遺伝子の変化によってさまざまな症状を発症する遺伝性疾患。医学研究や薬の開発が進む中でも、患者・家族は、治療の選択、子どもへの病気や遺伝の伝え方、社会での偏見や差別など、多くの悩みや課題を抱えています。遺伝性の神経難病の看護・研究に長く携わってきた経験からそれらの課題に向き合い、遺伝カウンセリングや遺伝看護に取り組む、柊中智恵子さんにお話を伺いました。

 
 
遺伝カウンセリング、遺伝看護とはどういうものか、教えてください

遺伝カウンセリングの定義は、アメリカ人類遺伝学会や日本医学会の「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」などで示されています。そこには、「ある家系の遺伝性疾患の発症や発症のリスクに関連した人の問題(human problem)を扱うコミュニケーション・プロセス」とあります。このプロセスには、3つのことが含まれています。

① 疾患の発生および再発の可能性を評価するための家族歴および病歴の解釈
② 遺伝現象、検査、マネージメント、予防、資源および研究についての教育
③ インフォームド・チョイス(十分な情報を得た上での自律的選択)およびリスクや状況への適応を促進するためのカウンセリング

クライエント(患者・家族)のニーズを確認し、遺伝についての情報を相手に理解してもらえるよう、資料などを使い、①〜③を踏まえてカウンセリングを進めていきます。ニーズは「遺伝性疾患と診断されたがどうしたらいいか」「遺伝性の病気について、子どもにどう伝えたらいいか」など、多岐にわたります。

一方、遺伝看護とは、遺伝カウンセリングよりもう少し広い視野で、遺伝的課題をもつ人々の身体的・精神的・心理社会的・倫理的な側面を看護的に評価・判断し、ケアをする、また生活を援助することです。遺伝性疾患による症状や苦悩を緩和し、クライエントが潜在する力を発揮するための看護を提供し、同じ疾患をもつ者同士や家族同士、また地域関係者も加わってもらい、ともにケアに取り組む看護が含まれています。

遺伝カウンセリングや、神経難病の遺伝看護に取り組むことになった経緯を教えてください

私は約30年前に、熊本大学病院の看護師となりました。配属された神経内科には、熊本県に患者が集中している地域(集積地)がある神経難病、家族性アミロイドポリニューロパチー(以下、FAP※1 次ページ上コラム参照)の患者が常時、入院していました。当時は病気の原因がようやく遺伝子異常とわかった段階で、治療法は治験しかなく、30代で寝たきりとなり亡くなる人も多かったのです。そして患者の皆さんは、自分の子どもへの遺伝をとても心配していました。私は、看護師として何ができるのか悩み、もがいていました。そんな時に、FAPの患者団体※2と出会ったのです。

団体の活動である、患者・家族との親睦旅行や受診の送迎のお手伝いなどに参加するうちに、地域性のある遺伝性疾患の患者・家族がおかれている実情を知り、現状の自分では何もできないことを思い知りました。そこで、遺伝性疾患や難病看護についてもっと学びたいと思い、病院を辞め、1999年に大学院に入りました。2005年には日本遺伝カウンセリング学会と日本人類遺伝学会が共同認定する「認定遺伝カウンセラー®制度」ができ、資格を取得しました。

※1 家族性アミロイドポリニューロパチー(FAP):たんぱく質(アミロイド)が全身のさまざまな部位に蓄積し、手足のしびれ感、排尿障害、心不全・心肥大、たんぱく尿、浮腫、下痢、視力低下など多様な症状を引き起こす。両親のどちらかに遺伝子の異常がある場合に発症し、1/2の確率で遺伝。国の指定難病「全身性アミロイドーシス」に含まれる。
※2 道しるべの会。まねきねこ第54 号「クローズアップ」に掲載

遺伝カウンセラーとしてどのような悩みや相談に対応しどんな支援をされていますか

30年近くFAPにかかわってきた中では、治療法の変遷により、患者・家族が翻弄される部分と、希望を抱く部分の二つの側面がありました。発症後5〜10年で亡くなっていた時代から、90年代に海外での脳死肝移植が始まり、やがて日本では生体肝移植が行われるようになりました。肝移植がなかった時代に、親の重篤な状態を見ていた子世代は、それがトラウマとなり、思い出すだけで吐き気がしたり、自分もそうなるのではないかと悲観的に考えてしまう人も多かったようです。

一方、肝移植が始まって以降の子世代は、意識がずいぶんと異なります。また、生体肝移植で当事者の兄弟や子どもがドナー(臓器提供者)となる場合、発症前診断を受けなければならない状況が出てきます。本来は自分自身のために選択をする発症前診断を、ドナーとなるために受けるとなると、大きなストレスが生じます。

最近では神経障害を抑制する薬物療法が開発され、そのような問題は解消されつつあります。また、近年は、若年発症だけでなく高齢発症のタイプがあることもわかり、病型もいろいろとわかってきたので、治療法の意志決定も変わってきています。それでも、「病気を隠したい」「子どもにいつどのように伝えるか」「遺伝病に対する偏見や差別とどう向き合うか」など、不変的な相談や課題はまだ多くあります。

このように、FAPという神経難病だけをみても、医学の進歩とともにカウンセリングの仕方も変化しています。治療法については、医学研究がどこまで進んでいるかという情報が当事者にとって生きる希望になると考え、常に最新情報を伝えるようにしています。患者本人や家族がおかれている状況はさまざまで、一人として同じ人はいません。しっかりと話を聴いて課題を一緒に整理しながら「答えは…相談相手の中にある」ことを忘れないカウンセリングや支援を行っていきたいと思っています。

VHO-netには遺伝性疾患の団体も多いのですが、ピアサポートについてのアドバイスをお願いします

遺伝性疾患の患者団体とかかわる中で学んだことですが、ピアサポートには、医療者ではできない心の寄り添い方や、当事者ならではの共感と体験の共有ができると思っています。その中でピアサポーターは、自分の体験を客観的にみる余裕が必要であり、体験を押しつけないようにすることが大切です。私も遺伝カウンセリングでは、「こういうことがある」ということは伝えますが、必ず一つではなく、いくつかの例を出すようにしています。また、ピアサポートの仕組みとしては、ピアサポーターの仲間や相談にかかわってくれる人を増やし、相談者が相性のよいピアサポーターを選べるようになるのが理想かなと思っています 。

今後の展望や抱負について教えてください

神経難病の専門職ネットワークをつくりたいと思っています。看護職の強みというのは、どこにでもいるということ。病院の外来・病棟の看護師、地域の訪問看護師、保健所や保健センターの保健師などさまざまな場で活動しています。出産時には助産師もいます。誕生から死まで、それぞれで看護専門職が働いています。約10年前から遺伝専門外来で認定遺伝カウンセラー®も活躍するようになりました。遺伝看護専門看護師もいます。各診療科の医師や臨床遺伝専門医とともに神経難病の医療を担っています。その中で難病支援のネットワークをつくっていきたい。遺伝性疾患への対応は、保健師や難病相談支援センターの相談員も現場で直面していることが多く、大学病院や総合病院の遺伝子診療部だけではケアが成り立っていかないと思っています。相談の窓口となる一次カウンセリングを担う人たちと、どうネットワークをつくっていくか。神経難病の人たちが少しでも心穏やかに過ごしていけるように、その仕組みづくりに取り組んでいきたいと考えています。

柊中 智恵子 さん プロフィール
1984年熊本大学医療技術短期大学部看護学科卒業。同年、熊本大学医学部附属病院看護師。
99年熊本大学法学部法学研究科法律学専攻修士課程修了(法学修士)。2009年認定遺伝カウンセラー® 取得、12年から現職。
15年日本難病看護学会認定難病看護師。16年広島大学大学院保健学研究科博士後期課程修了(博士・看護学)。日本難病看護学会理事、日本遺伝看護学会副理事長、NPO法人熊本県難病支援ネットワーク理事。