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「特定非営利活動法人 医療制度研究会」 医療者の立場から国民のための医療制度の確立をめざす

「特定非営利活動法人 医療制度研究会」
医療者の立場から国民のための医療制度の確立をめざす

高齢化による医療需要増大、国家保険の財政破綻、多発する医療事故、医師や看護師の不足などの問題解決に向けて、医療制度の改革が求められています。この状況のなか、「国民のための医療を医療者の立場で考える勉強会」として活動しているのが「医療制度研究会」です。今回のトピックスでは、なぜ医師自身が医療制度の研究会をつくり、医療者としてどのような医療制度をめざしているのかを中澤堅次理事長にお聞きしました。

NPO法人医療制度研究会
理事長 
栃木県済生会宇都宮病院 院長 
中澤 堅次 氏

医師自身が知らなかった「医療制度」

1998年、政府から医療費削減という方針が出された時に、医師の立場から医療現場の厳しい状況を訴えていく必要があると考えました。しかしながら、私たち医師は日々の業務や研究に追われて、経済に関すること、医療保険の仕組みをあまり知らないことに気づきました。そこで、医療者自身が医療制度を理解しなければならないと立ち上げたのが「医療制度研究会」です(図1)。

主な活動として各分野の専門家を招いて講義を行い、その内容をまとめて主な病院の医師などに配布してきました。10年を経て会員は徐々に増え、さまざまな反響やアクセスがあり、活動の幅も広がって医療制度の問題点が明確になってきたところです。この10年で最も大きな変化はマスメディアの反応で、最近は医師の意見も取り上げてくれるようになりました。それは医療制度研究会の成果だけではなく、医師不足という問題がクローズアップされてきたことも要因になっています。働く側にとって過酷な状況の中でも医療行為に過大な期待が課せられるため、医師が命にかかわらない分野を志望する傾向が強まり、一方で臨床研修制度必修化の影響もあり、医師不足(不均衡)はいっそう深刻になっています。このままでは、患者さんが望むような医療はますます難しくなると私たちは考えています。

医療制度の問題点はどこにあるのか

医療制度研究会での勉強が進むに連れて、我が国の医療は他の先進国と比較して、少ないマンパワーのもと、著しく安い経費で運営されており、福祉関連に使われる国家予算の比率も著しく低いことがわかりました。このままだと、医療をめぐる問題は解決されないばかりか、高齢化によりますます悪化するという現状が見えてきました。

たとえば、医療費削減の問題を説明するのに厚生労働省がよく示すのが、医療費は年々増加し、対国民総所得(GNI)比率も増加しているというグラフです(図2左)。しかし、医療費は金額で、対GNI費は%で示してあります。両方とも金額で表示したグラフ(図2右)に直すと、GNIはかなり上がっているのに医療費はあまり増加していないことがわかります。つまり、GNIが上がって国民の生活レベルが上がったのに、外来での待ち時間が長いなど、医療の現状は変わっていません。国家予算の中で社会保障費が占める割合も、日本は25%にすぎないが、合衆国は52%にもおよぶことは公表されません。アメリカには保険がないと言われていますが、生活困窮者とお金が出せない高齢者のためのセーフティネットがあります。入院日数についても、日本は長いと言われますが、調べてみると、アメリカでは入院費用が高いため、早く退院してナーシングホームという施設に移るのです。日本では退院後を引き受ける施設は整備されておらず事情が違います。

また、高齢になると病気になる人が増えるわけですが、10年後、団塊の世代が高齢化のピークを迎えたときに、今の医療体制では支えられないことは明らかです。10年後に備えて医師を増やす必要があるのに、政府は十分な対策を講じていません。

政府の方針のように自己負担率を上げて医療従事者の人件費を削減すれば、国や自治体の財政は改善されます。しかし具体的な医療の中身は、医師や看護師が足りず医療サービスの質が低下し患者さんの苦痛もとれず、お金がなくて医者にかかれない人も増え、おそらく社会全体が殺伐としたものになってしまうでしょう。

しかも我が国には病人の救済としてあるべき医療を、病人の立場で考えるという仕組みになっていません。一般の国民は自分が病気になって初めて医療に関心を持ちますが、そのときはもう権利を主張する気力はなくなっています。ですから、私たちは代弁者のいない患者さんの立場で医療と医療制度を考えるスタンスをめざしているのです。

今、まさに社会保障を国民全体で考えるべきとき

私たちは、医療をめぐる問題の解決は、最終的には社会保障のあり方にいきつくと考えています。しかし、最低限をどこで確保するかという「社会保障」が国全体で議論されていないのも我が国の大きな問題です。

日本の医療保険は社会保障ととらえられ、長い間、国民皆保険下で有効に運営されてきました。現在は従来の制度が残っていて、国際的には高い水準にあります。しかし格差が大きくなるに連れ、保険料滞納者が増加し医療保険の崩壊も議論されるようになりました。多くの滞納者は収入の無い高齢者で、生活困窮者が医療を受けられなくなるなど、社会保障の考え方とは正反対の出来事が起きています。一方で、一般の国民は、保険料を払えば高度な医療も受けられる医療保険を、単なる割引制度のように考えています。

高齢化により病人が増加するのに医療制度は存続の危機にあるのです。医療制度改革を実現するには、医療を受ける側の国民の意識も変らなければなりません。高齢化を病気としてとらえれば際限なく医療費の投入が行われます。「死と老と戦う」医療ではなく「死と老を避けがたいものと考え、年老いた国民を支える」方向に軌道修正し、延命治療ではなく苦痛の緩和に変わるべきではないか、と私たちは考えています。ほとんどの高齢者は無意味な延命は望まないといいますが、この願望は現状では簡単には実現しません。医師が死に対する正しい認識をもち、必要のない医療は勇気をもってやめていくことが必要になるかもしれません。私たちは、医療そのものを「人の一生」という根本的な視点から考え直す必要を感じています。

医療制度改革には、このように国民の意識や政治、社会制度がからむ複雑な問題であるため、私たちが現場から訴えるだけでは解決できません。そのために多くの医療従事者や一般の人にも参加してほしいと考えます。私たちは医療者として内部改革を行いながら、我が国の医療と患者さんを救う医療制度改革の担い手になっていきたいと考えています。